水門都市残留組、プリステラ復興日誌
1
「では、崩れた都市庁舎の再建は急務であると?」
「ええ、そう思います。もちろん、住民の方々の衣食住が整備されてからの話ですが、都
市の中枢がいつまでも崩れたまま、というのは外聞が悪い。案外、人の心の不安というや
つは無視できないものです。一つ、大きな柱があるだけでだいぶ違う」
「そんなものですか」
「そんなものですよ」
と、柔和な笑みを浮かべて、オットー.スーウェンが肩をすくめる。そのオットーの答
えに「なるほど……」とかしこまるのはキリタカ·ミューズだ。
現在、水門都市の代表————なし崩しに都市長のような立場に担ぎ出された青年は、 オッ
トーからの返答に幾度も領くと、
「助かりました。元々、十人会では私が一番の若輩でしたから、こうしたことには不慣れ
で手が回らず。急ぎ、次の候補を選んではいますが……」
「先日、十人会の方々が狙われたことを思えば、難しいでしょうね」
「仰る通りです」
神妙な顔で頭を下げるキリタカに、オットーは遠く、窓の外の景色を眺める。
空は青々と、憎らしいほどの快晴だ。雲一つない晴天の下、破壊された街並みの復興作
業は続いており、ここ数日でようやく他の土地からの支援が届き始めた。
おかげで、ひとまず食事や衣類に困るといった事態は避けられている。
「不幸中の幸いでしょうか。時期も、ある程度は味方しましたね」
「これが火季、あるいは氷季だったならもっと被害は拡大したでしょう。復興作業も円滑
に進んだとは思えない。だからこそ、手早く動かなくては」
「同感です」
今の時期はよくても、長く時間をかければ季節は移り行く。実際に過酷な気候になった
ときに備え、この優位は有効的に利用されなくては。
「とはいえ、現状は大変でしょうね。支援はありがたい話ですが……」
「この機会に、五大都市の利権に食い込もうとする輩は後を絶たない。肝に銘じています
よ。オットーからご忠告を受けましたから」
そう言って、キリタカは決意を表するように深く領いて、それから立ち上がった。都市
の命運を一身に背負う青年は、その手をオットーの方へ差し出した。
その握手を求める姿勢に、オットーも相手の手を握り返す。
「ご武運を、というと物々しいですが、ご武運を、キリタカさん」
「ありがたく。私の方こそ、相談に乗っていただいて助かりました。その上、こうしたお
願いをするのは恐縮なのですが……」
「大丈夫ですよ。またきてください。なにせ、僕の足はこれなもので」
笑って、オットーが自分の両足————包帯で厳重に巻かれ、 寝台の上に吊るされたそれを
指差した。それを見て、キリタカは腰味な笑みを浮かべ、
「聞いた話だと、無理に動いて傷が開いたとか。ご自愛なさってください」
そうさせてもらえるぐらい、ここでやることがあると助かりますね」
と、呆れと心配が半々のお見舞いに、オットーは自廟しながら答えたのだった。
2
そうして、見舞い客のキリタカが病室から出ていくと————、
「そろそろ、入ってきたらどうですか、ガーフィール」
退室したキリタカが閉めた扉の方に、寝台の上からオットーが声をかける。そのオッ
トーの呼びかけを聞いて、それはゆっくりと開かれた。
部屋の扉ではなく、部屋の窓の方が。
「そっちじゃなく、こっちッだぜ、オットー兄ィ」
「あれ!? 入口じゃなくて窓. なんでそっちから?」
そりゃ、入口ッより窓の方が、部屋ん中の話が聞こえッからだろォよ」
言いながら、窓枠を掴んだガーフィールは身軽に部屋の中へ滑り込む。一瞬、オットー
が眉を墾め、 新しい形の土足に物申そうとしたが、
「心配ッねェよ。ちゃんと、壁よじ登る前に靴ァ脱いどいたかんなァ」
「そういう心配ではないんですが……。あと、人の話を盗み聞きするのもですよ」
「悪ィな。一応、武官の務めは果たさなきゃッなんねェからよォ」
脇に挟んでいた履物を落として、それを履き直しながら答えるガーフィール。その返答
にオットーが苦い顔をしたのは、その言い訳が他ならぬオットーの言いつけだから。
水門都市の戦いで、お互いにいいところなしだったガーフィールとオットーは、もっと
強くなることを、もっと役立つ存在になることを誓い合った。
ガーフィールは武官として、オットーは内政官として、陣営のみんなのために。
「なんで、オットー兄ィの付き合いにも目ェ配んねェとってわけだ」
「陣営の一員の私的な交友関係まで監視が始まると、なんだか組織として末期感がありま
せんか? なんか、そういうお話がありましたよね?」
「あー、『マグリッツァの断頭台』なんかがそんな話だったなァ」