海に出る方法
守神さんが東の国に戻れるよう、船のことを聞くためにサザーンのギルド支部を訪れた俺たち。
俺たちの依頼達成の手続きをしてくれた受付の人がいたので、その人に話を聞きに向かったのだが……。
「あの……残念ながら、現在、東の国までの船は出航しておりません」
「そんな!? どうしてでござるか!?」
「もとより、東の国とここ、ウィンブルグ王国の間に交易のようなものはありません。東の国では他国との取引をそもそもしていないとも伺ってます」
「それは……」
どうやら受付の人の言葉は本当のようで、守神さんはつい口を噤んでしまう。
よく分からんが、どうやら東の国は鎖国のような状態らしい。そんなところまで昔の日本と似てなくてもいいのに……いや、この世界独自の文化かもしれないし、一概に日本と同じにするのもどうかとは思うが。
「よって、東の国へ向かう船というものがそもそもないのです。さらに言いますと、大雑把な位置は把握できているのですが、安全な航路も見つかってません。そんな場所に船を出すことはできないのです」
「……」
「……それと、今お伝えしたものも大きな理由ではあるのですが、それ以上に今は海へ漁に出るのも慎重になっているのです」
「え?」
「カイゼル帝国の船が、広い海を次々と占領するように、定期的に船を出しては巡航しているのです。残念なことに、ウィンブルグ王国は特殊な地形の関係で、造船技術や海上戦力に少々不安があるため、間違いなく海戦になれば不利になるでしょう。幸いその特殊な地形に助けられ、カイゼル帝国の船がこの近海まではやってこないので、街への影響は大きくないのですが……それでも遠方までの漁が不可能であるため、獲れなくなった魚介類も多く存在します」
「くっ……」
受付の人の言葉に守神さんは悔しそうな表情を浮かべる。
ていうか、カイゼル帝国は悉く悪いことしかしねぇな。今の現状が本当にカイゼル帝国の国民にとっていいことであるなら、カイゼル帝国民から見るといいことしてるのかもしれないけど、それも怪しい。
結局、守神さんが国に帰る手段がないことが分かり、俺たちは気落ちしながらギルドを出ていくのだった。
◇◆◇
「拙者はどうすれば……」
ギルドを出てからも、守神さんは目に見えて落ち込んでおり、俺たちもなんて声をかければいいのか分からない。
そんな中、守神さんはフラフラとした足取りで自然と海へと向かい、呆然と海を見つめた。
「……拙者は、何としても帰らねばならぬ。しかし、その手段がないなど……ムウ様の懐刀と呼ばれ、【天刃】と恐れられていながらなんと無力な……!」
「守神さん……」
「その、こんなこと聞いていいのか分からねぇが、急いで帰らなきゃヤベェのか?」
アルが困った表情を浮かべながらそう訊くと、守神さんは頷く。
「ああ……この国に流れ着く前に、拙者は狼藉者どもと戦っていたのでござる」
「狼藉者?」
「……拙者の主であられる、大和ムウ様を狙った連中だ。襲撃してきた者どもからムウ様を護りつつ逃げていたはいいものの、多勢に無勢。このままではムウ様が危険だと……拙者一人が囮となり、襲撃者どもを相手にしたでござる。しかし、予想以上に襲撃者どもは手練れであり、拙者は追い詰められ、最後は海へと落ちたのでござるよ」
何となく、サスペンスとかでよく見る、海に向かう崖に追い詰められた守神さんの姿が頭に浮かんだ。
「そこからは誠一殿たちも知っての通り……気を失った状態でこの国に流れ着いたのでござるよ」
そう力なく笑う守神さん。
予想以上に話が重かった……!
正直、守神さんのことは全然知らないので、仕えてる人とか、なんでそんな状況になったのかも分からない。
だからって、俺と同い年くらいの人が命がけで主君を護ろうとするとか……いや、この世界で考えれば今さらか。
「ちなみにだが、その襲ってきた相手ってのは予想がついてるのか? 正直、そんな手練れを相手にしたってんなら、帰ったところで同じ結果だと思うが……」
アルがそう訊くと、守神さんは悔しそうに表情を歪める。
「……黒幕だと思う相手が多すぎる。拙者の国では、王というものがいないのでござる。故に、常に国は乱れ、天下をめぐって争いが続いているのでござるよ。そして、拙者の仕える大和家は、とある事情により、小さいながらも大きな力を持っているでござる。そのことに危機感を抱いた連中が、ムウ様を襲ったのだと思うのだが……」
何だ、その修羅の国は。
今のこの大陸? も十分戦乱状態だけど、内乱は起こってない。俺が知らないだけかもしれないが……。
というより、このウィンブルグ王国にいると、そんなことを忘れてしまう。なんせ、ギルド本部の連中があまりにも濃いのでね! この街もヤベェし!
そんなことを思っていると、守神さんの表情はさらに深刻になる。
「……だが、最近、妙な噂を耳にしたのでござる」
「妙な噂?」
「拙者の国の者ではない、不審な人物が出入りするようになったと……」
「んん? それくらい、別におかしいことでもねぇんじゃねぇか? いくら何でも外国とは多少の交易はするだろ?」
「それはないでござる。拙者の国の連中は揃いも揃ってプライドの塊でござる。故に、拙者の国が他国より優れていると考えていたり、従えることこそあれど、従うなど以ての外と考える家も多いでござる。何より、他国が絡めば、王になった時に色々面倒でござるからな」
「それはそうかもしれんが、いくら何でも……」
「外つ国の者には馴染みがないかもしれぬが、拙者の国は強者こそすべて。そして、例に漏れず、拙者の国で天下を狙う家は、自身こそが最強と信じて疑わぬような連中でござる。そんな連中は、外に助けを求めることはまずしないでござるよ」
俺たちには分からない価値観だが、予想以上に東の国は閉鎖的なようだ。むしろ、閉鎖的どころか隔絶してるともいえる。
日本でさえ、鎖国時代でも多少は交易があったというのに、それすらないなんてぶっ飛んでるな。だが、それができるということは、少なくとも自給自足が成り立っているのだろう。
「……色々語ったでござるが、結局は拙者はすぐに国には帰れぬ身。もはやどうすることも……」
悔しそうに海を見つめる守神さんを見て、俺たちはつい顔を見合わせた。
「どうするよ?」
「いや、どうするって言われても……」
アルの言葉に思わずそう答えると、サリアが手を挙げる。
「悩むくらいなら、助けたらいいんじゃない?」
「え?」
「だって、別に助けるのが嫌じゃないんでしょ?」
「そりゃ、まあ……」
サリアの言葉に俺たちは頷く。
「色々分からねぇことはあるが、助けるのが嫌だってワケじゃあねぇよな……」
「……ん。ただ、困惑してるだけ」
「で、できれば助けてあげたいです!」
ルルネは特に意見はないようで黙っているが、皆としては守神さんを助けてあげたいらしい。
助けると言っても、守神さんを東の国まで連れて行ってあげることだが……残念ながら、俺も含めて誰も東の国に行ったことはないので、転移魔法で送ってあげるということはできない。
「問題は、どうやって守神さんを送り届けるかだが……」
「え?」
「へ?」
サリアが不思議そうな声を上げるので、思わずサリアを見つめると、サリアは首を傾げた。
「誠一が連れていったら?」
「はい?」
サリアの言葉に俺だけでなく、アルたちも首を傾げた。
「いやいやいや、連れていきたいのはやまやまだけど、その手段が……」
「海に頼んだらいいんじゃない?」
「海に頼む!?」
サリアの予想外の言葉に驚く。
「何を言ってるんだ、サリア。そんなことできるわけが――――」
そこまで言いかけて、今日の海での出来事が次々と頭に浮かんだ。
「…………できそうだなぁ」
「できるのかよ!?」
俺の呟きにアルがすかさずツッコんだ。
いや、普通に考えれば無理だと思うよ? 何なら何言ってるのかも分かんねぇし。
でも、俺を恐れ多いいからとか意味の分からない理由で避けた海なら、俺の頼みを引き受けてくれそうだ。
俺は疑心暗鬼のまま海に近づくと、その様子を見て守神さんが首を傾げる。
「? 誠一殿、どうした――――」
「海さん、俺たちを運んでくれる?」
「急にどうしたんでござるか!?」
俺の暴挙ともいえる行動に守神さんが声を上げると――――。
『…………』
守神さんが東の国に戻れるよう、船のことを聞くためにサザーンのギルド支部を訪れた俺たち。
俺たちの依頼達成の手続きをしてくれた受付の人がいたので、その人に話を聞きに向かったのだが……。
「あの……残念ながら、現在、東の国までの船は出航しておりません」
「そんな!? どうしてでござるか!?」
「もとより、東の国とここ、ウィンブルグ王国の間に交易のようなものはありません。東の国では他国との取引をそもそもしていないとも伺ってます」
「それは……」
どうやら受付の人の言葉は本当のようで、守神さんはつい口を噤んでしまう。
よく分からんが、どうやら東の国は鎖国のような状態らしい。そんなところまで昔の日本と似てなくてもいいのに……いや、この世界独自の文化かもしれないし、一概に日本と同じにするのもどうかとは思うが。
「よって、東の国へ向かう船というものがそもそもないのです。さらに言いますと、大雑把な位置は把握できているのですが、安全な航路も見つかってません。そんな場所に船を出すことはできないのです」
「……」
「……それと、今お伝えしたものも大きな理由ではあるのですが、それ以上に今は海へ漁に出るのも慎重になっているのです」
「え?」
「カイゼル帝国の船が、広い海を次々と占領するように、定期的に船を出しては巡航しているのです。残念なことに、ウィンブルグ王国は特殊な地形の関係で、造船技術や海上戦力に少々不安があるため、間違いなく海戦になれば不利になるでしょう。幸いその特殊な地形に助けられ、カイゼル帝国の船がこの近海まではやってこないので、街への影響は大きくないのですが……それでも遠方までの漁が不可能であるため、獲れなくなった魚介類も多く存在します」
「くっ……」
受付の人の言葉に守神さんは悔しそうな表情を浮かべる。
ていうか、カイゼル帝国は悉く悪いことしかしねぇな。今の現状が本当にカイゼル帝国の国民にとっていいことであるなら、カイゼル帝国民から見るといいことしてるのかもしれないけど、それも怪しい。
結局、守神さんが国に帰る手段がないことが分かり、俺たちは気落ちしながらギルドを出ていくのだった。
◇◆◇
「拙者はどうすれば……」
ギルドを出てからも、守神さんは目に見えて落ち込んでおり、俺たちもなんて声をかければいいのか分からない。
そんな中、守神さんはフラフラとした足取りで自然と海へと向かい、呆然と海を見つめた。
「……拙者は、何としても帰らねばならぬ。しかし、その手段がないなど……ムウ様の懐刀と呼ばれ、【天刃】と恐れられていながらなんと無力な……!」
「守神さん……」
「その、こんなこと聞いていいのか分からねぇが、急いで帰らなきゃヤベェのか?」
アルが困った表情を浮かべながらそう訊くと、守神さんは頷く。
「ああ……この国に流れ着く前に、拙者は狼藉者どもと戦っていたのでござる」
「狼藉者?」
「……拙者の主であられる、大和ムウ様を狙った連中だ。襲撃してきた者どもからムウ様を護りつつ逃げていたはいいものの、多勢に無勢。このままではムウ様が危険だと……拙者一人が囮となり、襲撃者どもを相手にしたでござる。しかし、予想以上に襲撃者どもは手練れであり、拙者は追い詰められ、最後は海へと落ちたのでござるよ」
何となく、サスペンスとかでよく見る、海に向かう崖に追い詰められた守神さんの姿が頭に浮かんだ。
「そこからは誠一殿たちも知っての通り……気を失った状態でこの国に流れ着いたのでござるよ」
そう力なく笑う守神さん。
予想以上に話が重かった……!
正直、守神さんのことは全然知らないので、仕えてる人とか、なんでそんな状況になったのかも分からない。
だからって、俺と同い年くらいの人が命がけで主君を護ろうとするとか……いや、この世界で考えれば今さらか。
「ちなみにだが、その襲ってきた相手ってのは予想がついてるのか? 正直、そんな手練れを相手にしたってんなら、帰ったところで同じ結果だと思うが……」
アルがそう訊くと、守神さんは悔しそうに表情を歪める。
「……黒幕だと思う相手が多すぎる。拙者の国では、王というものがいないのでござる。故に、常に国は乱れ、天下をめぐって争いが続いているのでござるよ。そして、拙者の仕える大和家は、とある事情により、小さいながらも大きな力を持っているでござる。そのことに危機感を抱いた連中が、ムウ様を襲ったのだと思うのだが……」
何だ、その修羅の国は。
今のこの大陸? も十分戦乱状態だけど、内乱は起こってない。俺が知らないだけかもしれないが……。
というより、このウィンブルグ王国にいると、そんなことを忘れてしまう。なんせ、ギルド本部の連中があまりにも濃いのでね! この街もヤベェし!
そんなことを思っていると、守神さんの表情はさらに深刻になる。
「……だが、最近、妙な噂を耳にしたのでござる」
「妙な噂?」
「拙者の国の者ではない、不審な人物が出入りするようになったと……」
「んん? それくらい、別におかしいことでもねぇんじゃねぇか? いくら何でも外国とは多少の交易はするだろ?」
「それはないでござる。拙者の国の連中は揃いも揃ってプライドの塊でござる。故に、拙者の国が他国より優れていると考えていたり、従えることこそあれど、従うなど以ての外と考える家も多いでござる。何より、他国が絡めば、王になった時に色々面倒でござるからな」
「それはそうかもしれんが、いくら何でも……」
「外つ国の者には馴染みがないかもしれぬが、拙者の国は強者こそすべて。そして、例に漏れず、拙者の国で天下を狙う家は、自身こそが最強と信じて疑わぬような連中でござる。そんな連中は、外に助けを求めることはまずしないでござるよ」
俺たちには分からない価値観だが、予想以上に東の国は閉鎖的なようだ。むしろ、閉鎖的どころか隔絶してるともいえる。
日本でさえ、鎖国時代でも多少は交易があったというのに、それすらないなんてぶっ飛んでるな。だが、それができるということは、少なくとも自給自足が成り立っているのだろう。
「……色々語ったでござるが、結局は拙者はすぐに国には帰れぬ身。もはやどうすることも……」
悔しそうに海を見つめる守神さんを見て、俺たちはつい顔を見合わせた。
「どうするよ?」
「いや、どうするって言われても……」
アルの言葉に思わずそう答えると、サリアが手を挙げる。
「悩むくらいなら、助けたらいいんじゃない?」
「え?」
「だって、別に助けるのが嫌じゃないんでしょ?」
「そりゃ、まあ……」
サリアの言葉に俺たちは頷く。
「色々分からねぇことはあるが、助けるのが嫌だってワケじゃあねぇよな……」
「……ん。ただ、困惑してるだけ」
「で、できれば助けてあげたいです!」
ルルネは特に意見はないようで黙っているが、皆としては守神さんを助けてあげたいらしい。
助けると言っても、守神さんを東の国まで連れて行ってあげることだが……残念ながら、俺も含めて誰も東の国に行ったことはないので、転移魔法で送ってあげるということはできない。
「問題は、どうやって守神さんを送り届けるかだが……」
「え?」
「へ?」
サリアが不思議そうな声を上げるので、思わずサリアを見つめると、サリアは首を傾げた。
「誠一が連れていったら?」
「はい?」
サリアの言葉に俺だけでなく、アルたちも首を傾げた。
「いやいやいや、連れていきたいのはやまやまだけど、その手段が……」
「海に頼んだらいいんじゃない?」
「海に頼む!?」
サリアの予想外の言葉に驚く。
「何を言ってるんだ、サリア。そんなことできるわけが――――」
そこまで言いかけて、今日の海での出来事が次々と頭に浮かんだ。
「…………できそうだなぁ」
「できるのかよ!?」
俺の呟きにアルがすかさずツッコんだ。
いや、普通に考えれば無理だと思うよ? 何なら何言ってるのかも分かんねぇし。
でも、俺を恐れ多いいからとか意味の分からない理由で避けた海なら、俺の頼みを引き受けてくれそうだ。
俺は疑心暗鬼のまま海に近づくと、その様子を見て守神さんが首を傾げる。
「? 誠一殿、どうした――――」
「海さん、俺たちを運んでくれる?」
「急にどうしたんでござるか!?」
俺の暴挙ともいえる行動に守神さんが声を上げると――――。
『…………』